大阪高等裁判所 平成7年(行コ)13号 判決 1997年5月09日
平成七年(行コ)第一三号事件控訴人 同年(行コ)第九号事件被控訴人
社団法人京都保健会
(以下「第一審原告」という。)
右代表者理事
大野研而
右訴訟代理人弁護士
渡辺馨
同
川中宏
同
佐藤健宗
平成七年(行コ)第一三号事件被控訴人同年(行コ)第九号事件控訴人
京都市長桝本賴兼
(以下「第一審被告市長」という。)
右第一審被告市長指定代理人
下村眞美
外五名
平成七年(行コ)第一三号事件被控訴人
社会保険診療報酬支払基金
(以下「第一審被告基金」という。)
右代表者理事長
末次彬
右第一審被告基金法定代理人幹事長
本野茂
右第一審被告基金指定代理人
下村眞美
外三名
右第一審被告基金訴訟代理人弁護士
宇田川昌敏
主文
一 第一審原告の控訴に基づき、原判決中、甲事件の請求にかかる部分を次のとおり変更する。
1 第一審被告市長が、第一審原告に対し平成元年九月一八日付でした、第一審原告が訴外甲野一郎に対して行った診療に関する診療報酬額決定処分のうち、本判決添付別紙「減点」欄記載の診療報酬額一〇〇万〇八三〇円の第一審原告に対する支払いを拒否した処分を取り消す。
2 第一審原告の甲事件についてのその余の請求を棄却する。
二 第一審原告の控訴中、乙事件の請求にかかる部分を棄却する。
三 第一審被告市長の控訴を棄却する。
四 訴訟費用は第一、二審を通じ、甲事件に関して生じた費用を一〇分し、その一を第一審原告の、その余を第一審被告京都市長の各負担とし、乙事件に関して生じた費用は第一審原告の負担とする。
事実及び理由
第二 当事者の申立て
一 平成七年(行コ)第一三号事件
1 控訴の趣旨(第一審原告)
(一) 原判決を次のとおり変更する。
(1) 甲事件
第一審被告市長が、第一審原告に対し平成元年九月一八日付でした、第一審原告が訴外甲野一郎(以下、原判決と同様「甲野」という。)に対して行った診療に関する診療報酬額の決定処分(以下「本件決定」ともいう。)のうち、原判決添付別紙2表「減点点数」欄記載の診療報酬額のうちの一〇七万三七一〇円(「本件訴訟で請求している分」欄記載のもの)の第一審原告に対する支払いを拒否した処分を取り消す。
(2) 乙事件
第一審被告基金は、第一審原告に対し、金一〇七万三七一〇円及びこれに対する平成二年三月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は、第一、二審を通じて第一審被告らの負担とする。
(三) 乙事件につき仮執行宣言
2 控訴の趣旨に対する答弁(第一審被告ら)
(一) 本件控訴を棄却する。
(二) 控訴費用は第一審原告の負担とする。
(三) 乙事件につき仮執行免脱宣言
二 平成七年(行コ)第九号事件
1 控訴の趣旨(第一審被告市長)
(一) 原判決中、第一審被告市長敗訴の部分を取り消す。
(二) 第一審原告の第一審被告市長に対する請求(甲事件)を棄却する。
(三) 訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告の負担とする。
2 控訴の趣旨に対する答弁(第一審原告)
(一) 本件控訴を棄却する。
(二) 控訴費用は第一審被告市長の負担とする。
第二 本件は抗告訴訟をもって争われるべき事案か(本件決定の存否及び乙事件の当否)。
一 本件事案の概要は以下のとおりである。
第一審原告は、生活保護法四九条に基づき、同法による医療扶助のための医療を担当する医療機関として指定を受けた者である(この医療機関は、指定医療機関と呼ばれる。)が、第一審原告が、医療扶助の受給者である甲野に対して右指定医療機関として医療を担当し、平成元年八月七日、同年七月分の診療報酬として、原判決添付別紙2表「請求点数」欄記載の合計六四一万四〇八〇円を請求すべく、第一審被告市長から診療報酬の支払事務を委託されている第一審被告基金に診療報酬請求書等を提出したところ、第一審被告基金は、右診療報酬請求書等を審査し、同表「減点点数」欄記載の合計一一四万四〇六〇円を減点した。その結果、第一審原告は、右請求した診療報酬六四一万四〇八〇円のうち、一一四万四〇六〇円の支払いを拒否されたため、これを不服とし、本件において、甲事件として、第一審被告市長による平成元年九月一八日付の診療報酬額の決定処分(本件決定)が存在することを前提として、第一審被告市長に対し、本判決「事実及び理由」中の第一の一1(一)(1)のとおり処分の取消しを求め、乙事件として、第一審被告基金に対し、同(2)のとおり減点された診療報酬額の支払いを求めた。
要するに、第一審原告は、甲事件では、第一審被告市長による生活保護法五三条一項に基づく決定(行政処分)が存在することを前提に、その決定処分の取消しを請求するのに対して、乙事件では、本件においては、右行政処分は存在しない(ないしは処分の効力が生じていない)旨主張し、これを前提として、第一審被告基金に対し、直接、減点された診療報酬額の支払いを請求するのである。
そこで、本件においては、減点された診療報酬額につき不服がある者は、生活保護法五三条一項に基づく決定が存在し、その効力が生じているものとして、右決定処分の取消請求によらなければならないか(抗告訴訟をもって争われるべきものなのか)、あるいは、右のような決定処分が存在しない(ないしは効力が生じていない)ため、減点された診療報酬額について、第一審原告が、第一審被告基金に対し、直接、支払請求権を取得するものとして、これを根拠に、第一審被告基金にその支払請求をすることができるかが問題となるが、以下にみるとおり、本件においては、生活保護法五三条一項に基づく決定が存在し、かつその効力が生じているといえるので、減点された診療報酬額についての不服の申立ては、第一審被告市長の右決定処分についての取消請求によるべきであり、第一審原告は、第一審被告基金に対し、直接、診療報酬の支払請求権を取得するものではないと解するのが相当である。したがって、結局のところ、第一審原告の乙事件の請求は理由がないと判断する。
二1 第一審被告基金の法的性質及びその役割は、原判決の「事実」中の「第二 事案の概要」の二1(三)(原判決七頁一行目から同八頁八行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決七頁三行目の「共済組合が」を「共済組合(以下「保険者」という。)が、健康保険法等の社会保険にかかる」と改め、同頁末行の「審査」の次に「(なお、最終的な審査権限は都道府県知事、本件においては、第一審被告市長に留保されていることについては、本判決の後記2のとおりである。)」を、同八頁八行目の「事案である」の次に「(争いのない事実)」を加える。)。
そして、保険者が、第一審被告基金に対して診療報酬の請求にかかる審査及び支払いの事務を委託したときは、第一審被告基金は、診療担当者に対し、自ら審査したところに従い、自己の名において診療報酬を支払う義務を負うとされる(最高裁昭和四三年(オ)第一三一一号同四八年一二月二〇日第一小法廷判決・民集二七巻一一号一五九四頁参照)。
しかしながら、生活保護法五三条四項により、都道府県知事からの診療報酬の支払事務の委託を受けた第一審被告基金が、同法による医療扶助の受給者に対して指定医療機関として医療を担当し、診療報酬の請求をする者(診療担当者)に対して、その診療報酬の支払いをする場合には、右の場合とは扱いを異にしていることが、次の2掲記の法律の規定等からして明らかである。
2(一) 生活保護法五三条一項に「都道府県知事は、指定医療機関の診療内容及び診療報酬の請求を随時審査し、且つ、……診療報酬の額を決定することができる。」と規定され、また、同条三項に、都道府県知事は、右診療報酬の額を決定するに当たっては、社会保険診療報酬支払基金法に定める審査委員会等の意見を聴かなければならないと規定されている。したがって、都道府県知事は、指定医療機関に対する診療報酬の支払いに関する事務を第一審被告基金に委託することができる(同条四項)が、診療担当者の診療報酬請求についての最終的な審査権限及び診療報酬額の決定権限は、あくまでも都道府県知事に留保されているのであって、都道府県知事は、その審査に当たって社会保険診療報酬支払基金法に定める審査委員会等の意見を聴き、これを経たうえ、診療報酬の額の決定を行い、その決定に基づき、第一審被告基金が、受託により支払いの事務を行うという制度とされているものである。
本件においては、京都市が指定都市であることから、同法八四条の二第一項により、都道府県知事の右権限は第一審被告市長により行使されることになるものであり、右制度を前提に、第一審被告市長は、京都府社会保険診療報酬支払基金(以下「京都府支払基金」という。京都府支払基金は第一審被告基金の従たる事務所である。)との間で、昭和四四年四月一日付をもって、生活保護法に基づく指定医療機関としての医療にかかる診療報酬について審査、支払いに関する事務を委託する旨の契約を締結しているのである(<書証番号等略>)。
(二) 生活保護法の右規定ばかりでなく、右規定に関連する法律ないし通達等も、以下に示すとおり、都道府県知事に診療報酬についての最終的な審査権限及びその額の決定権限があることを前提に、その定めがなされている。
(1) 第一審被告基金は、前記1(右引用した原判決第一審被告基金の法的性質及びその役割についての説示)のとおり、本来、社会保険にかかる診療報酬についての審査・支払いを目的として設立された特殊法人である(基金法一条)が、その本来の業務については基金法一三条一項に規定される一方、生活保護法にかかわる業務については、基金法一三条二項で、生活保護法五三条三項の規定により生活保護指定医療機関に支払うべき額の決定について意見を求められたときは、意見を述べ、同条四項により医療機関に対する診療報酬の支払いに関する事務を委託されたときは、その支払いに必要な事務を行うことができると規定されている。
(2) そして、生活保護法施行規則、厚生省の通達及び地方自治法にも、本件のような場合に地方公共団体の長(本件では第一審被告市長)が診療報酬についての最終的な審査、決定の権限を有することを前提とした規定が設けられており、このことは、原判決の「理由」中の第一の一1(五)ないし(七)(原判決八〇頁七行目から八一頁末行まで)の説示のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決八〇頁八、九行目の「当該指定医療機関に対し、」の次に「都道府県知事が」を加え、同頁末行の「被告市長」を「普通地方公共団体の長」と、同八一頁二行目の「被告市長」を「都道府県知事」と、同頁九行目の「被告市長」を「都道府県知事(指定都市市長を含む。)」と各改める。
(三) 右のように、診療報酬についての最終的な審査権限及びその額の決定権限を都道府県知事(本件では指定都市の長である第一審被告市長)に付与した趣旨は、原判決七七頁三行目から同七八頁五行目に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決七七頁三行目の「本法」を「生活保護法(以下「本法」ともいう。)と改め、同七八頁三行目の「本法五三条一項は、」の次に「保護実施機関ごとの不均衡をなくして、統一的な医療費の支払いを確保するとともに、」を加え、同四行目の「被告市長」を「都道府県知事(本件では指定都市の長である第一審被告市長)」と改める。
そして、その診療報酬の額の決定に当たっては、審査の能率化を図り、また、都道府県相互間の不平等を防止するという観点から、社会保険診療報酬支払基金法に定める審査委員会等の意見を聴くべきものとされ(生活保護法五三条三項)、さらにまた、効率的な診療報酬の支払いができるよう、指定医療機関に対する診療報酬の支払事務を基金に委託することができるとされたものである(同条四項)。
(四) 右(一)と同様の制度、構造は、身体障害者福祉法一九条の五、児童福祉法二一条の三及び同条の九、母子保健法二〇条、結核予防法三八条等の公費負担医療制度において採用されているところでもある。
3 以上によれば、生活保護法五三条一項、八四条の二第一項に基づく都道府県知事ないし指定都市の長の行う診療報酬の額の決定は、指定医療機関による診療報酬の請求に対して、これを審査し、指定医療機関が請求することができる診療報酬額を具体的に確定するものというべく、また指定医療機関は右決定に従わねばならないとされている(同法五三条二項)から、右決定は、指定医療機関の権利義務を公権的に確定する行政処分ということができる。そしてまた、右決定については、行政不服審査法による不服申立てをすることができないとされている(同条五項)から、右決定を争うには、行政訴訟(抗告訴訟)によらなければならないものである。
4 そして、本件においては、第一審原告が、医療扶助の受給者である甲野に対して指定医療機関として医療を担当し、その診療報酬の請求をしたのに対し、第一審被告市長が、生活保護法五三条一項に基づき平成元年九月一八日付で診療報酬額の決定処分(本件決定)をしたことが、<書証番号略>によって明らかであり、また、本件決定は、以下に述べるとおりその効力を生じているものである。
(一) 行政処分は、一般に、告知によってその効力を生じるものであるが、告知の手続ないしその効力発生時期について特に法律が定めを置いている場合を除き、行政処分の内容を相手方が現実に了知し、または了知し得べき状態に至れば、行政処分の効力が生じるものと解される。そして、都道府県知事(指定都市の長)による診療報酬額の決定処分の告知については、生活保護法に特別の定めがないから、本件決定は、第一審原告がその内容について現実に了知し、または了知し得べき状態に至れば、その効力を生じるものということができる。本件においては、以下に述べるとおり、本件決定について、第一審原告がこれを現実に了知し、または了知し得べき状態にあったというべきであり、本件決定はその効力を生じているということができる。
(二) 第一審被告市長が、京都府支払基金との間で締結している委託契約(本判決前記2(一))に基づいて採用している審査、支払いのシステムの概要は、原判決一四頁七行目から同一六頁末行までに記載のとおりであるから、これを引用する。
ただし、原判決一四頁七行目の「3」を削り、同九行目の「(一)」を「イ」と、同行目の「診療報酬請求書類」を「診療報酬請求書、診療報酬明細書及び同明細書添付の後記症状経過(以下、一連の書類を「診療報酬請求書類」という。なお、右症状経過の添付が要求されるのは、後記の特別審査委員会の審査を受ける場合であること、及び診療報酬請求書類の審査の詳細については、後述するとおりである。)」と、同一五頁二行目の「(二)」を「ロ」と各改め、同四行目の「仮に」を削り、同七行目の「(三)」を「ハ」と、同行目の「(一)」を「イ」と、同行目の「(二)」を「ロ」と各改め、同一〇行目の「(なお、」から同一六頁一行目の「争いがある。)」までを削り、同一六頁二行目の「(四)」を「二」と、同行目の「(二)」を「ロ」と、同二、三行目の「支払った診療報酬に過誤を生じた場合」を「仮払いにより支払った診療報酬に過誤が生じることとなった場合には、その旨を第一審被告市長が第一審被告基金に通知し、これを受けて、」と各改め、同六行目の「清算される」の次に「ことになる」を加え、同一〇行目の「二及び三の各2、四の1ないし3、」を削る。
なお、本件は、後記のとおり特別審査委員会の審査を必要とする場合であり、特別審査委員会の審査が必要な場合は、提出された診療報酬請求書類が、京都府支払基金を通じて特別審査委員会に送付され、その審査に付されることになるものである。
(三) そして、第一審原告が、甲野に対して指定医療機関として医療を担当し、平成元年七月分の診療報酬を請求したことに対する、審査及び診療報酬額の支払いの具体的経過の概要については、次に加除、訂正するほかは、原判決二七頁八行目から同三〇頁八行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決二七頁八行目の「(一)」を「イ」と、同九、一〇行目の「(以下「診療報酬請求書類」という。)」を「(以下「本件診療報酬請求書類」ともいう。)」と各改める。
(2) 原判決二八頁三行目の「(二)」を「ロ」と改め、同六行目の「原告に対して、」の前に「後記のとおり第一審被告市長に送付すべく、診療報酬請求内訳書(<書証番号略>)を作成するとともに、」を加え、同九行目の「減点し」を「減点される旨通知し」と、同九行目の「以下「本件減点査定」という。」を「以下「本件減点査定」ともいう。」と、同九、一〇行目の「一一四万〇六〇〇円の支払いを拒否する旨を通知した」を「同月三一日、京都府支払基金において、第一審原告に対し、甲野の分を含む同年七月分の診療報酬額(甲野の分については、本件減点査定によった金額分)を第一審原告の銀行預金口座に振込んで支払った(仮払いを行った。<書証番号略>)。」と各改める。
(3) 原判決二八頁末行から同二九頁八行目までを削る。
(4) 原判決二九頁九行目の「(五)」を「ハ」と、同九、一〇行目の「審査結果と本件明細書を提出した」を「第一審原告提出の本件診療報酬請求書類をその審査結果(診療報酬請求内訳書)とともに送付した」と各改め、同一〇行目の「<書証番号略>」の次に「、弁論の全趣旨」を加える。
(5) 原判決二九頁末行の「(六)」を「ニ」と改める。
(6) 原判決三〇頁二行目の次に、以下のとおり加える。
「ホ 他方、第一審原告は、本件減点査定を不服として、同年八月二五日付で京都府支払基金に「社会保険診療報酬請求明細書再審査願」と題する書面(以下「再審査願書」という。<書証番号略>)を提出して、再審査を申し出た。そこで、同年九月五日、京都府支払基金は、第一審被告市長に対して甲野の分にかかる診療報酬明細書及び同明細書添付の症状経過の取寄方を依頼し、同月二〇日ころ、第一審被告市長から右書類の送付を受けたうえ、特別審査委員会に再審査を依頼した(なお、このころ、第一審被告市長は、京都府支払基金に対し、第一審原告の請求にかかる甲野分の同年七月分の診療報酬について、再審査し、その結果を報告するよう求めている。)(<書証番号略>)。
ヘ 特別審査委員会では、再審査の結果、当初の審査結果が維持されてよいとの結論に達し、当該再審査の結果を、同年一〇月三〇日付の「再審査の結果について(通知)」と題する書面をもって第一審原告に通知し(<書証番号略>)、同年一一月三〇日、同年七月分の診療報酬について過誤調整はないということで、京都府支払基金によって、第一審原告に対して同年一〇月分の仮払いが行われた(なお、同年九月二九日、同年八月分の診療報酬の仮払いが行われているが、その際、同年七月分の診療報酬について過誤調整はなされていない。)(<書証番号略>)。
また他方、特別審査委員会では、右再審査の結果を、京都府支払基金を通じて第一審被告市長に報告し、第一審被告市長は、その結果を受けて、同年一二月一三日、京都府支払基金に対し、第一審被告基金による再審査の結果のとおり、当初の決定を維持する旨通知した(<書証番号略>弁論の全趣旨)。
ト 平成元年一二月二八日、同年一一月分の診療報酬の仮払いが行われているが、その際も、甲野の分にかかる平成元年七月分の診療報酬について過誤調整はなされていない(<書証番号略>)。
チ 結局のところ、本件において、平成元年八月七日にされた、第一審原告による甲野の分にかかる同年七月分の診療報酬請求については、同年八月一八日付で本件減点査定の通知がなされた後、第一審原告に対する同年八月分の診療報酬の仮払いの際(同年九月二九日)、その過誤調整がなく、第一審被告基金の再審査によって原審査の結果が維持され、第一審被告基金から第一審原告に対し、同年一〇月三〇日付でその旨の通知(<書証番号略>)がなされた後、同年一〇月分の診療報酬の仮払いの際(同年一一月三〇日)にも、同年一一月分の診療報酬の仮払いの際(同年一二月二八日)にも、甲野の分にかかる同年七月分の診療報酬請求について過誤調整がなされなかったものである。」
(7) 原判決三〇頁三行目から八行目までを削る。
(四) ところで、前記(二)のシステムは、昭和二八年三月三一日社乙発第四九号厚生省社会局長の各都道府県知事あて通知「生活保護法の一部を改正する法律等の施行について」(<書証番号略>)に依拠したものであり、診療報酬の審査及び報酬額支払事務は当該システムによって運営されてきており、また、運営要領(<書証番号略>)によると、都道府県知事(ないし指定都市市長)は、指定医療機関に対し、生活保護法による医療の給付が適正に行われるよう制度の趣旨、医療扶助に関する事務取扱等の周知徹底を図るべく、生活保護法並びにこれに基づく命令、告示及び通達に定める事項についての周知徹底のための方策をとるものとされ、同法四九条に基づく医療機関の指定がなされる際には、指定医療機関に対し、生活保護関係法令の抜粋が添付された指定書の交付がなされている(<書証番号略>)。そして、本件においても、前記(二)のシステムに従い、前記(三)のとおりの診療報酬の審査、支払いの経過にたどっているものである。
(五) 以上説示したところからすると、指定医療機関は、診療報酬の仮払い、過誤調整のシステムから、都道府県知事(ないし指定都市市長)の生活保護法五三条一項に基づく決定の内容を了知することができるものといえ、本件にあっては、前記(三)(原判決加除訂正後の引用による「チ」)で認定した経過からして、第一審原告は、第一審被告市長によって本件減点査定の内容と同一内容の決定がなされ、これが維持されたことを、平成元年一二月二八日ころには了知できたものと認めることができる。
よって、本件決定はその効力を生じているものということができる。
5 なお、第一審原告は、生活保護法五三条一項が「決定することができる」との文言になっていること、同条四項が新設されたこと、診療報酬の不当請求を阻止する必要性は、生活保護法に基づく医療扶助の場合と健康保険法等に依拠した社会保険の場合と異なるところはないこと、本件では、第一審被告市長から第一審被告基金に対する行政機関相互間の内部的通知があったにすぎず、第一審被告市長から第一審原告への決定の告知は存在せず、第一審原告が、第一審被告市長の決定を現実に了知し、また了知し得べき状態になかったこと、などを主張して、本件において、第一審被告市長の決定は存在せず、第一審原告は、健康保険法等の社会保険にかかる診療報酬と同様、第一審被告基金に対して、直接、診療報酬の支払請求ができると主張するが、前記2に判示した、生活保護法五三条の規定の趣旨及び右規定に関連する法律等の定め、前記4に判示した診療報酬についての審査、支払いのシステムの態様、同システムに従った事務連絡の方法、などを併せてみると、第一審原告の右主張を採用することはできないというべきである。
6 以上のとおりであるから、診療報酬額についての不服は、抗告訴訟をもって本件決定の取消しを求める方法によるべきであり、第一審原告としては、第一審被告基金に対し、直接、診療報酬の支払請求権を取得するものではなく、したがって、第一審原告の第一審被告に対する減点分の診療報酬額についての支払請求(乙事件)は、理由がないといわざるをえない。
第三 本件訴訟の審理対象
一 右のとおり本件は、本件決定の取消訴訟(抗告訴訟)をもって争われるべきであるが、そこで、次に、その取消訴訟の審理対象が何かが問題となる。第一審原告は、指定医療機関が後記療養担当規則に従った医療の給付を行えば、診療報酬請求権を取得するから、第一審原告が甲野に対して行った具体的な医療給付の内容が療養担当規則に従った適切妥当なものであったかどうかが、審理の対象となると主張する。他方、第一審被告らは、本件訴訟の審理対象は審査委員会及び特別審査委員会が採用している書面審査制度を前提として考えられるべきであり、第一審被告市長がなした減点処分の基礎となった第一審被告基金の特別審査委員会による診療報酬請求書類を基にした審査に裁量権の逸脱、濫用があるかどうかが、審理の対象となると主張する。
当裁判所は、以下二に説示するとおり、本件訴訟の審理対象は、審査委員会及び特別審査委員会が採用している書面審査制度を前提として考えられるべきものと判断する。
二1 本件訴訟は、本件決定の取消訴訟であって、本件決定の適法性が審理の対象となるのであるが、本件決定の適法性を判断するに当たっては、まず、生活保護法五三条一項に基づく診療報酬の額の決定における審査の対象が検討されるべきところ、同項によれば、右審査の対象は、指定医療機関の診療内容及び診療報酬の請求であることが明らかである。そこで、これに関連する規定等についてみると、同法五二条一項によれば、「指定医療機関の診療方針及び診療報酬は、国民健康保険の診療方針及び診療報酬の例による」と定められている。そして、国民健康保険法では、診療方針について、健康保険法四三条の四第一項及び四三条の六第一項の規定による命令の例によるとされ(国民健康保険法四〇条一項)、これを受けて「保険医療機関及び保険医療担当規則」(昭和三二年四月三〇日厚生省令第一五号、以下「療養担当規則」という。)が定められ、また、診療報酬の額の算定について、健康保険法四三条の九第二項の規定による厚生大臣の定の例によるとされ(国民健康保険法四五条二項)、これを受けて「健康保険法の規定による療養に関する費用の額の算定方法」(平成六年三月一六日厚生省告示第五四号による全文改正前の昭和三三年六月三〇日厚生省告示第一七七号、以下「算定方法告示」という。)が定められている。療養担当規則には、その診療が、診療の必要があると認められる疾病又は負傷に対して、適確な診断をもととし、患者の健康の保持増進上妥当適切に行わなければならない(一二条)、投薬は、必要があると認められる場合に行い(二〇条二号イ)、処置は必要の程度において行う(同条五号ロ)などの定めがあり、算定方法告示には、その別表(診療報酬点数表)により療養に要する費用の額を算定するものとし、一点の単価を一〇円(昭和四〇年厚生省告示一〇号による改定後)として、別表に定める点数を乗じて、その療養に要する費用の額を算定するものとされている。
右によれば、生活保護法五三条一項に基づく診療報酬の額の決定に当たっては、①診療内容が右の療養担当規則に適合しているかどうか、②その請求点数が右の算定方法告示に照らして誤りがないかどうかが、適切に審査されなければならないものであり、そうとすると、本件決定の適法性は、①、②が適切に審査されたか否かによって決せられることになる。
そしてさらに、右審査基準である療養担当規則及び算定方法告示の具体的運用が合理的なものであることも、本件決定の適法性を基礎づけるものというべきであり、右具体的運用に合理性がなく、結果として不適正な審査内容となった場合には、本件決定は違法と評価されることになるものである。生活保護法五三条一項に基づく診療報酬の額の決定が、適正な診療内容に対応した適正な診療報酬額の支払いを指向したものである(本判決「事実及び理由」第二の二2(三))以上、審査基準の具体的運用の合理性が必要なことは当然ということができる。
2 ところで一方、第一審被告市長は、前記のとおり第一審被告基金に診療報酬についての審査(及び支払い)を委託し、その審査結果を受けて本件決定をしているものであるから、①、②の審査が、第一審被告市長の委託に基づいて第一審被告基金において適切になされたかどうかが問われることになる。
そこで、第一審被告基金による審査の態様についてみると、基金法一四条、一四条の六、並びに一四条の七と右一四条の七を受けた社会保険診療報酬請求書審査委員会及び社会保険診療報酬請求書特別審査委員会規程四条、一三条によると、審査委員会及び特別審査委員会は、診療担当者が提出した診療報酬請求書について、生活保護法五二条の規定(指定医療機関の診療方針及び診療報酬は、国民健康保険の診療方針及び診療報酬の例によるとの規定)等に基づいて診療報酬請求の適否を審査すると定められている。そして、生活保護法施行規則一七条によると、生活保護法五三条一項の規定により医療費の審査がなされる場合には、指定医療機関は、療養の給付、老人医療及び公費負担医療に関する費用の請求に関する省令(昭和五一年厚生省令第三六号)(以下「請求省令」という。)の定めるところに従って診療報酬の請求をするべきものと規定され、かつ、審査委員会の審査による場合は、請求省令一条一項によって、診療報酬請求書及び診療報酬明細書を提出すべきものと定められ、さらに、特別審査委員会の審査が必要とされる場合は、請求省令同条三項によって、右に加え、診療報酬明細書に「診療日ごとの症状、経過及び診療内容を明らかにすることができる資料」(以下「症状経過」という。)を添付して提出すべきものと定められている。
右一連の規定を併せ考慮すると、第一審被告基金による審査は、診療報酬請求書、及び第一審被告基金の審査について定めているそれぞれの法が提出すべきものと定めた書類を基にした書面審査を前提としているものと解される。本件は、前記(右引用した原判決「事実」第二の二1(三))のとおり特別審査委員会の審査が必要とされる場合であるから、本件決定が適法か否かは、第一審被告基金が診療報酬請求書、診療報酬明細書及び同明細書に添付された症状経過を基にして書面審査をすることを前提として、その審査を適切にしたかどうかによって決まることになる。
3 ところで、さらに、基金法一四条の三第一項、一四条の六第二項には、審査委員会及び特別審査委員会は、診療報酬請求書の審査のため必要があると認めるときは、都道府県知事の承認(特別審査委員会の場合は、基金法一四条の六第二項の読み替え規定により厚生大臣の承認)を得て、「当該診療担当者に対して出頭及び説明を求め、報告をさせ、又は診療録その他の帳簿書類の提出を求めることができる」と規定されている。本件決定の適法性を決するうえで、右規定と第一審被告基金が書面審査制度を採用していることとの関係が問題となる。
(一) 右規定の解釈については、その指針となる原判決一〇〇頁五、六行目掲記の厚生省保険局長通知及び原判決一〇一頁三、四行目掲記の同省保険局健康保険課作成の文書があるところ、右通知及び文書の内容については、原判決一〇〇頁五行目から同一〇一頁末行までに記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決一〇〇頁五行目の「第七一号」を「第五七号」と、同八行目の「審査の結果」から同一〇一頁二行目の「規定がある」までを「慎重審査の結果、その診療報酬請求書の記載事項のみでは、当該診療内容の認定が困難と認められ、又は記載事項のみで明らかに不正若くは不当と認められる程度をいう。なお、同条同項の規定により診療担当者の出頭を求め得る場合は、前項の事由が特に重大であって、他の手段によってはその目的を達し得ないものと認められる事由がある場合に限ること。」とする記載がある」と各改め、同一〇一頁五行目の「審査委員会には、」の次に「審査上必要のある場合は、」を、同行目の「説明を求めたり、」の次に「報告させ、または」を、同六行目の「その他の」の次に「帳簿の」を各加え、同七行目の「同会」を「審査委員会」と改める。)。
(二) 他方、運営要領には、「生活保護法関係の診療報酬明細書の審査の際、社会保険診療報酬支払基金法第一四条の三の規定に基づく診療担当者の出頭による審査を積極的に活用するよう、審査委員会に対し十分連絡要請すること。」との記載がある(<書証番号略>)。
(三) なおまた、特別審査委員会の審査体制及び審査システムについては、以下に加除、訂正するほか原判決一七頁一行目から同二三頁四行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。
原判決一七頁一行目の「4」を削り、同二行目の「(一)」を「(1)」と、同四行目の「本部」を「の主たる事務所(本部)」と各改める。
同一七頁八行目の「(二)」を「(2)」と改め、同一八頁六行目の「である」の次に「(原審における証人坂上(以下「証人坂上」という。))」を加える。
同一八頁七行目の「(三)」を「(3)」と、同八行目の「(1)」を「イ」と各改め、同行目の「原則として」を削り、同一〇行目の「全審査委員の」の次に「二分の一以上の出席をもってする」を、同末行の「社会保険診療報酬請求書特別審査委員会運営細則」の前に「社会保険診療報酬請求書審査委員会及び社会保険診療報酬請求書特別審査委員会規程(以下「委員会規程」という。)一三条、二条一、二項、」を、同一九頁一行目の「という。」の次に「<書証番号略>」を、同行目の「三項」の次に「、証人坂上」を各加える。
同一九頁三行目の「(2)」を「ロ」と、同四、五行目の「専門分野別及び臓器分野別」を「臓器別の専門分野ごと」と改め、同九行目の「運営細則三条二項」の次に「、証人坂上」と加え、同一〇行目の「一人で」を「主に」と、同末行の「行った(証人阿岸)」を「担当した(原審における証人阿岸(以下「証人阿岸」という。))」と各改める。
同二〇頁一行目の「(3)」を「ハ」と改め、同三ないし五行目の「(社会保険診療報酬請求書審査委員会及び社会保険診療報酬特別審査委員会規程(以下「委員会規程」という。)二条一項)」及び、同六行目の「頃」を各削り、同六行目の「特に全審査委員の判断」を「協議すべき事案」と改め、同八行目の「説明し」の次に「、審議したうえ」を加え、同行目の「全審査委員の判断」を「協議」と、同九行目の「まとめて提案され、他の案件とともに一括して」を「一括提案され、第一次審査を担当した審査委員による議に基づいて、」と各改め、同一〇行目の「運営細則三条三項」の次に「、証人坂上」を加える。
同二〇頁末行の「(4)」を「ニ」と改め、同二一頁二行目の「基金法一三条一項」の次に「三号」を加え、同二、三行目の「委員会規程二条一項、三項」を「委員会規程一三条、二条一項」と、同七行目の「(以下「明細書」という。)を「及び同明細書添付の症状経過」と、同行目の「前記(2)」を「前記ロ」と、同七、八行目の「専門分野別及び臓器分野別」を「臓器別の専門分野ごと」と各改め、同二二頁二行目の「第一次審査と同じく、」を削る。
同二二頁四行目の「(5)」を「ホ」と、同五行目の「診療報酬明細書」を「診療報酬明細書及び同明細書添付の症状経過」と各改め、同七行目の「頃」を削り、同九行目の「全審査委員」を「出席している審査委員」と改め、同一〇行目の「第一次審査」の前に「再審査における」を加え、同末行の「提案や説明をした後、」を「右第一次審査の結果に至った判断過程を説明したうえ、」と改め、同行目の「実際は、」から同二三頁三行目末尾までを削る。
そして、特別審査委員会における原審査で減点査定される場合は、前記のとおり、特別審査委員会から指定医療機関に対して、審査連絡書、増減点連絡書(<書証番号略>)をもってその審査内容が通知され、再審査の結果は、「再審査の結果について(通知)」と題する書面(<書証番号略>)によって通知されている。
4 本件決定の適法性を判断するに当たっては、以上を総合勘案して次のように考えるべきである。すなわち、第一審被告基金の審査委員会及び特別審査委員会における審査は、医療の専門家による書面審査を原則とするものであるが、診療報酬の請求に際して指定医療機関が提出している診療報酬請求書類の記載事項のみでは当該診療内容の把握が困難で、適切な審査をすることが困難であると認められる場合には、審査委員会及び特別審査委員会は、都道府県知事ないし厚生大臣の承認を得て、診療担当者の出頭、説明あるいは診療録等の提出を求めることができる旨を定めた基金法一四条の三第一項、一四条の六第二項の規定に従って診療内容を的確に把握するのが相当である。もっとも、診療担当者の出頭、説明、診療録等の提出を求めることは、審査委員会及び特別審査委員会に当然に義務づけられるものではなく、これらの方法は、審査委員会及び特別審査委員会がその裁量に基づいて適切に用いれば足りるものではあるが、同時に右の裁量権は適切に行使されなければならないことはいうまでもなく、特に、少なくとも、特別審査委員会が、その裁量の枠内にあるものとして、本件のごとく後記のような難しい問題を含む救命のための治療に関する指定医療機関による診療報酬請求に対して減点査定をした場合は、右の審査連絡書、増減点連絡書によって、診療報酬が何故減点査定されたのか、どのような資料が不足しているために減点査定されたのかが、減点査定された指定医療機関にわかるように指摘し、再審査の機会に審査資料の補完が適切になされるよう配慮すべき義務があるというべく、こうした手続過程を経て、適正な審査が全うされるのであって、第一審被告基金がその義務を履践することなく減点査定をし、その結果、不適正な審査内容となった場合は、この減点査定の結果を受けて都道府県知事(本件の場合は第一審被告市長)がする生活保護法五三条一項に基づく決定も違法になるというべきである。
ちなみに、第一審被告基金が、提出された診療報酬請求書類の記載事項のみでは診療内容の把握が困難で、適切な審査をすることが困難と判断したと思料される事案において、「B型活動性慢性肝炎と診断された経過と劇症化の過程を明らかにしてください」と記載した返戻付せんを貼付して、診療報酬明細書を返戻する措置をとり、審査資料の補完が適切になされるよう配慮し、第一審被告基金による審査内容が適正なものとなるような措置を講じた例もある(<書証番号略>)。
5 第一審被告らは、指定医療機関の出頭、説明あるいは診療録等の提出を求めなかったことが違法とされるのは、診療報酬請求書類以外の資料収集を行わないことが社会通念上著しく合理性を欠き、裁量権の逸脱、濫用と評価し得るような極めて例外的な事情のある場合に限られるとして、資料提出の不備について、指定医療機関に重い責任を課する見解を主張する。そして、その根拠として、生活保護法四九条に基づく医療機関の指定が、都道府県知事等と医療機関との間で締結される公法上の準委任契約であり、指定医療機関が医療の給付を療養担当規則の定めに従って行うことによって初めて診療報酬請求権が発生するものであるから、指定医療機関には、診療報酬の請求をする際、医療の給付が療養担当規則に適合することを明らかにする資料を提出する義務がある、などと主張している。
しかし、生活保護法四九条に基づく医療機関の指定は、第一審被告ら主張のとおりの法的性質を有するものの、その法的性質のゆえに、民事訴訟における主張立証責任の考え方をそのまま指定医療機関の右診療報酬請求についてもあてはめ、指定医療機関に対して資料提出の不備について重い不利益を課すとすれば、結局、指定医療機関に対して診療報酬請求書類に極めて詳細な記載を要求する結果を招来することになり、指定医療機関に診療録等の提出を義務づけるのと変わりないことにもなりかねない。かつて、基金法一四条の三第一項、一四条の六第二項の規定を新設するに際して、この規定は、審査委員会、特別審査委員会にあまりに強い審査権限を付与することになるのではないかと懸念されたのであるが、指定医療機関に診療録等の提出を義務づけるのと同様の右の考え方は、まさしく懸念されたとおりの結果を招来することになりかねないものである。
したがって、資料提出の不備について極めて重い不利益を指定医療機関に課す第一審被告ら主張の見解は相当ではなく、右4の考え方によって、本件決定が適法であるかどうかを判断すべきものである。
三 以上のとおりであり、本件訴訟の審理対象、すなわち本件決定が適法か否かは、本件決定がなされるに当たっての療養担当規則等の具体的運用が合理的なものであったかどうか、また、特別審査委員会での診療報酬請求書類の審査が、前記二4の観点から前記二1の①、②の問題を適切に審査したといえるかどうかにかかる、ということができる。
第四 本件決定について
一 本件では、特別審査委員会において、診療報酬請求書(<書証番号略>)、診療報酬明細書及び症状経過(<書証番号略>)、さらには再審査願書(<書証番号略>)に基づき審査がなされたことは前記のとおりであり、その審査の結果、血漿交換療法について、その処置及び処置薬剤につき三回の施行のうちの二回が、人工腎臓について、その処置及び処置薬剤につき一三回の施行のうちの五回が、また、マーロックス、トロンビン、モニラック、D―ソルビトール、フロリードFの投薬及び処置薬剤として使用された第一ブドウ糖等が、原判決添付別紙2表「減点点数」欄記載のとおり減点査定され、第一審被告市長は、右減点査定を受け、本件決定をしたものである(当事者間に争いがない)が、さらに進んで、前記第三の二4の観点からみて、本件決定が適法であるかどうかについて、以下、第一審原告が不服としている個々の減点査定を対象に検討していくこととする。
二 血漿交換療法について
1 本件審査の経緯
(一) 原審査について
(1) 本件診療報酬請求書類を基にした、血漿交換療法の施行についての原審査の第一次審査は、特別審査委員会の審査委員のうち、肝臓及び腎臓並びに血液を専門とする阿岸が主にこれを担当した。厚生省の通達(昭和六三年三月一九日保険発二一号)(<書証番号略>)によると、療養担当規則に適合するものとして血漿交換療法の施行が認められているのは、肝臓疾患に関しては劇症肝炎の治療としてのそれに限られていることから、本件診療報酬請求書類から判断される甲野の病状の経過、病態からみて、甲野の傷病が劇症肝炎にあたるかどうかが審査の中心になった(証人坂上、同阿岸)。
(2) 阿岸が、右審査においてその判断の基礎としたのは、本件診療報酬請求書類のうちの主として次の記載事項である。
① 診療報酬明細書(<書証番号略>)の傷病名欄の「肝不全(劇症肝炎)」との記載
② 診療報酬明細書に添付された症状経過のうち、主治医宮岡医師作成部分の、血漿交換療法に関する「七月八日急に三九度Cの熱発、ほとんど同時にショック状態となった。エンドトキシン・ショックと考え、強力に抗生剤を使用。血圧はなんとか持ち直したが、肝不全、腎不全併発。(中略)また、七月一四日にはPT(プロトロンビン時間)39.3秒(contol一一秒)APTT104.8秒となり肝不全状態に対し血漿交換療法を開始した。三回施行その后肝機能はPE(血漿交換療法)施行なしで維持できている。また同じ頃より意識障害著明。」(<書証番号略>)との記載
③ 右症状経過のうち、透析担当医の神田医師作成部分の、「劇症肝炎(中略)に対して、血漿交換療法(中略)を施行した。」との記載
阿岸は、右②の記載事項から、甲野の病状の経過について、甲野は、白血病の治療のために使用された抗癌剤によって白血球減少症となり、このため、甲野の身体が感染に極めて弱い状態となったことから、感染症が起こり、敗血症になって、エンドトキシン・ショックになり、同時に(多少前後した可能性あり)、DICを起こし、腎不全、肝不全が起こって多臓器不全になったと判断し、また、本件診療報酬請求書類中に、肝炎の発症原因、この経過等をうかがわせるデータの記載がないことを併せ考慮して、後記犬山シンポジウムで定立された劇症肝炎の診断基準に照らし、甲野の病態は、医学的には劇症肝炎ではないものと判断した。しかし、右①のとおり、診療報酬明細書の傷病名欄には「劇症肝炎」と記載されており、甲野の主治医としては、その病態を劇症肝炎と診断したことがうかがわれたため、審査委員としての政策的考慮に基づいて、右診断を尊重し、甲野に施行された三回の血漿交換療法のうち、一回の施行分を受け入れることとし、血漿交換療法の処置及び処置薬剤について、二回分を減点査定するとの結論に達し、第一次審査を終えた(証人阿岸)。
(3) 第一次審査終了後、本件案件は第二次審査(合議)に付されたが、阿岸は、本件案件について、特に協議したり、意見を聴取すべき事案とは思料しなかったため、第二次審査において、本件案件は一括提案の対象とされ、阿岸の右結論の当否について特に審議されることもなく、右結論がそのまま了承される形で、合議決定された(証人坂上、同阿岸)。
(4) 血漿交換療法の処置及び処置薬剤について、二回分を減点査定するとの右審査結果は、審査連絡書、増減点連絡書をもって、特別審査委員会から第一審原告に通知されたが、右審査連絡書には「血漿交換は必要の限度とされるよう願います。」とのコメントが記載され、また、右増減点連絡書には、その減点査定が「B」を理由とするもの、すなわち「過剰と認められるもの」と評価された旨が記載されている。なお、血漿交換療法の施行が療養担当規則に適合した治療として認められないものと判断されたのであれば、増減点連絡書に「A」(「適応と認められないもの」の意味をもつ。)と記載されることになる(<書証番号略>)。
(二) 再審査について
(1) 第一審原告は、原審査の結果を不服として再審査を申し出たが、その再審査申出の理由として、再審査願書に添付した「甲野一郎殿の審査連絡に対して」と題する書面(以下「再審査理由書」という。)に、血漿交換療法に関して、「急性リンパ性白血病の再発に対する治療の経過途中、敗血症性ショックを発症し、肝不全、腎不全、イレウス、意識障害などをきたした。(中略)血漿交換であるが、劇症肝炎、肝不全に対し何回施行するかは定まっていないものの、数回(通常三回程度)行ない、データや意識状態の変化を評価しつつ回数を決めていく。本例においても意識状態の改善は充分ではなかったが、データ上の一定の改善が得られ、以後はデータを見つつ決定していく事とした。その後徐々に肝機能のデータ改善していったが、一回のみで良しとする判断は救命を考えるなら、成り立たない。」と記載した。
(2) 血漿交換療法について、特別審査委員会における再審査の第一次審査も担当した阿岸は、再審査理由書中に、甲野の病状につき、原審査の際に提出された本件診療報酬請求書類に記載された内容以上に新たなデータ、情報の記載がないことから、原審査と同じく、二回分を減点査定するのが相当との判断をし、第二次審査(合議)の場において、診療担当者としては劇症肝炎の病名を付しているが、病状の経過からみて劇症肝炎とは認めがたく、再審査の申出においても、新たなデータの提出がないので、原審査と同様、三回の施行のうち二回分を減点査定するのが相当と判断した旨説明した。この説明を受けて、出席している第二次審査の審査委員は、異議なく全員一致で、原審査の結果どおりでよいとの決定をした(証人坂上、同阿岸)。
2 本件審査の相当性
証拠(原審における証人荒川正昭(以下「証人荒川」という。)、当審における証人与芝真彰(以下「証人与芝」という。))及び弁論の全趣旨によると、本件診療報酬請求書類から判断される甲野の病状経過は、DIC状態の発症時期についての評価はともかくとして、白血病に罹患している甲野が、敗血症性ショックにより腎不全、肝不全、心不全を来し、多臓器不全に陥ったと判断されるものであったことが認められる。
そして、わが国において一般的に用いられている劇症肝炎の診断基準は、第一二回犬山シンポジウム(以下「犬山シンポジウム」という。)で定立された「劇症肝炎とは、肝炎のうち症状発現後八週以内に高度の肝機能障害に基づいて肝性昏睡Ⅱ度以上の脳症をきたし、プロトロンビン時間四〇パーセント以下を示すものとする。そのうちには発病後一〇日以内に脳症が発現する急性型とそれ以後に発現する亜急性型がある。」というものであり(<書証番号略>)、証拠(<書証番号略>証人荒川、同与芝)を総合すると、右診断基準にいう「肝炎のうち」の解釈を巡って争いがある(犬山シンポジウムについての討論その他文献等にみられる劇症肝炎についての多様な見解については、原判決一二二頁二行目から同一二九頁二行目までの記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決一二九頁二行目の「<書証番号略>」の次に「が、わが国の診断基準では、成因をウイルス及び薬剤によるものに限って劇症肝炎と呼んでいると明言するものもある(<書証番号略>)。」を加える。)ものの、本件のように敗血症性ショックにより肝不全を来し、多臓器不全に陥ったような場合は、厳密にいえば、劇症肝炎に該当しないとされているものと認められる。
そうすると、甲野の病態を劇症肝炎と評価しなかった阿岸の判断は、その限りにおいて相当であったということができる。
3 療養担当規則の運用の合理性
本件審査が、本件診療報酬請求書類を基に、甲野の病態が劇症肝炎に当たるかどうかを中心にしてなされたのは、厚生省の通達(昭和六三年三月一九日保険発二一号)(<書証番号略>)が、肝臓疾患に関して血漿交換療法の施行を療養担当規則に適合するものと認めているのは、劇症肝炎の治療としてのものに限っているからである。
ところで、前記のとおり、本件決定が適法とされるためには、療養担当規則の運用に合理性があることが前提として必要である。そこで、右の合理性についてみると、証拠(証人荒川、同与芝)によれば、劇症肝炎について血漿交換療法が施行されるのは、同療法が肝炎の原因に対する治療のためではなく、肝不全の症状に対する対症療法、すなわち出血傾向あるいは昏睡といった症状に対する治療として有用性をもつからであるところ、その有用性の点についてみれば、本件のような多臓器不全の肝障害についても、肝不全の症状に対する対症療法として血漿交換療法は有用なものであることが認められる。血漿交換療法が右のようなものであるとすれば、右通達の適用に当たって、劇症肝炎の定義自体が前記のように一義的に明確とはいえない状況のもとにおいて、厳密な診断法に従えば劇症肝炎の範疇に入らないというだけの理由で、本件のような多臓器不全の肝障害について、その治療に血漿交換療法が有用性をもつにかかわらず、同療法の施行を適応と認めないとするようなことは、療養担当規則の運用としてあまりに機械的であって、合理的なものと認めることはできない。
そして、右証拠に弁論の全趣旨を併せると、本件診療報酬請求書類から掌握できる病状の経過に照らしてみても、第一審原告の甲野に対する担当医が、その裁量により平成元年七月一四日、同月一五日及び同月一七日に甲野に血漿交換療法を施行したことは、担当医の裁量の範囲内に十分属するものであり、これも不相当な判断であったとはいえないものと認めることができる。
4 また、前記認定のとおり、阿岸自身は、本件診療報酬請求書類を基に、甲野の病態は劇症肝炎ではないと判断しながら、特別審査委員会としては、第一審原告の担当医のつけた劇症肝炎という病名をそれなりに尊重して、甲野の病態を劇症肝炎と認め、その審査結果を前提として、血漿交換療法の処置及び処置薬剤についてその一回分に限って政策的考慮により治療に相当なものとし、残る二回分を減点査定し、審査連絡書に「血漿交換は必要の限度とされるよう願います。」とコメントを記載し、また、増減点連絡書に、減点査定の理由について「過剰と認められる」ことを示す「B」の記載をして、第一審原告に対して減点査定の通知をしているのであるが、右の各記載だけでは、第一審原告としては、特別審査委員会が甲野の病態を右通達に基づいて血漿交換療法の施行を適応とする劇症肝炎と認定したものであるらしいことを推測することまではできるものの、劇症肝炎と認めたのであれば、前記認定のとおり本件の甲野の症状に照らして担当医の裁量の範囲内のものとして相当と認められるはずの三回という血漿交換療法の施行回数が、本件については何故過剰であり、どのような資料が不足しているため、減点査定されたのか、右各記載からは推測しがたいというほかない。特に、第一審原告は、再審査の申し出に際して、前記認定のとおり、劇症肝炎、肝不全に対し血漿交換療法は数回(通常三回程度)施行し、データや意識状態の変化を評価しつつ回数を決めるものであり、本例でも、三回の施行でデータ上の一定の改善がみられたことなどから、以後の施行はデータを見つつ決めることとしたものであり、救命を考えるなら、一回の施行で十分という判断は成り立たない旨の、それなりの説明をしているのであって、前記症状経過(<書証番号略>)記載のデータをも考慮すると、その説明で不十分というのであれば、さらにいかなる資料を補完して、相当な施行回数であることを説明すればよいのか、右の連絡文書の各記載だけでは把握しがたいというべきである。
前記認定の事実によれば、本件の血漿交換療法に関する特別審査委員会の審査、査定の実態は、甲野の病態を表面的、結論的には劇症肝炎と認定したものの、実質的には、甲野の病態は劇症肝炎には当たらないとする阿岸の判断に依拠し、本来ならば三回にわたる血漿交換療法の全てについて減点査定すべき(減点査定の理由を「A」とすべき)ところを、政策的に担当医の診断を尊重して一回分の施行に限ってその施行を相当とした、というものであったといえるが、本件の減点査定がそのような趣旨のものであることは、前記連絡文書の各記載からは理解できないものというほかない。このような場合には、特別審査委員会は、第一審原告に対し、劇症肝炎であることが疑いがなければ、担当医の裁量の範囲内のものとして相当と認められる三回の血漿交換療法の施行が、本件では本来ならば一回でも過剰となる理由を概括的にでも明らかにし、第一審原告にその点についての説明(反論)の機会を与えるべきであり、それもしていない第一審被告基金は、前示の義務を履践することなく、減点査定したといわざるをえず、そしてその結果、第一審被告基金は、第一審原告に資料補完の機会を与えず、不適正な審査内容を招来したものと解さざるをえないものである(本件において、特別審査委員会が適切に資料補完の機会を与えていれば、本件の血漿交換療法施行について、第一審原告の意見が尊重され、血漿交換療法三回の施行が相当と判断された可能性も否定できないものである。)。
5 以上によると、第一審被告基金が、審査の過程において前記のとおり通達の合理性を欠く適用をした結果、療養担当規則の合理性のない運用をする結果となり、これが適正を欠く審査結果を導く一因となったものというほかない。また、第一審被告基金が第一審原告に血漿交換療法の施行とその施行回数が相当であることについて適切かつ十分に説明する機会を与えなかった点において、前示の義務を尽くしておらず、これも、適正を欠く審査結果を導く要因になったものといえる。これを併せると、第一審被告基金の右審査結果を受けてなされた本件決定のうち、血漿交換療法の処置及び処置薬剤について二回を減点した部分は、違法と評価せざるを得ないものである。
三 人工腎臓について
1 本件審査の経緯
(一) 原審査について
(1) 本件診療報酬請求書類を基にした、人工腎臓についての原審査の第一次審査は、阿岸が一人でこれを担当した(証人阿岸)。
(2) 阿岸が、原審査の第一次審査において、甲野に対して施行された一三回の人工腎臓のうち、その処置及び処置薬剤について五回の施行につき減点査定するのが相当との結論に達した判断経過は、次のとおりである。
イ 診療報酬明細書の傷病名欄には「急性腎不全」と記載され、診療報酬明細書に添付された症状経過のうち、主治医宮岡医師作成部分には、「七月八日急に三九度Cの熱発、ほとんど同時にショック状態となった。エンドトキシン・ショックと考え、強力に抗生剤を使用。血圧はなんとか持ち直したが肝不全、腎不全併発。七月一一日 BUN(尿素窒素)81.0 CrN(クレアチニン)4.7 尿量減少、心不全となり、七月一一日から血液透析開始。(中略)今后は腎機若干改善傾向にあるため透析間隔の延長から、離脱への希望がもてる。(中略)現在、血液透析(人工腎臓)施行しつつ、リハビリを施行中である。」と記載されていた。
ロ 阿岸は、右記載内容から、甲野は急性腎不全であり、それに対する治療として人工腎臓を施行することは療養担当規則に適合するものと認められると判断した。
ハ そしてさらに、阿岸は、右症状経過の記載から施行回数について次のように判断した。
人工腎臓の施行及び施行回数を判断するには、クレアチニン値が最も重要であり、次に、乏尿(一日の尿量が三〇〇ないし四〇〇ミリリットル以下)であることが重要であり、尿素窒素値も判断要素となる。
甲野の平成元年七月一一日のクレアチニン値4.7ミリグラム/デシリットルは、一般的に人工腎臓を施行するほどの病態ではない。尿素窒素値八一ミリグラム/デシリットルというのも、尿素窒素値は、急性腎不全の状態で代謝が亢進している場合やや高めの値となるため、必ずしも腎臓の悪い状態を表しているわけではなく、他のことで修飾されている可能性がある。また、右症状経過には、乏尿の記載はなく、尿量減少の記載はあるが、同記載から乏尿を読み取ることができない。
さらに、肺水腫の記載も重要であるが、その記載もない。甲野は、尿量減少により、体内に水が溜まって心臓に負担が生じ、心不全に陥っていたと考えられるが、だからといって、当然に甲野が肺水腫に陥っていたことにはならない。
ニ 阿岸は、結局のところ、右症状経過の記載からすると、多数回の人工腎臓の施行は不要と判断して、その施行された一三回の人工腎臓のうち、八回が適当と判断し、原審査の第一次審査を終了した(証人阿岸、弁論の全趣旨)。
(3) 第一次審査終了後、本件案件は第二次審査(合議)に付されたが、阿岸が、本件案件について特に協議したり、意見を聴取すべき事案とは思料しなかったため、第二次審査において、前記のとおり、一括提案の対象とされ、その結果、阿岸の右結論は特に審議されることもなく、そのまま了承される形で、合議決定された(証人坂上、同阿岸)。
(4) そして、特別審査委員会の原審査における、人工腎臓について、その処置及び処置薬剤につき一三回の施行のうち五回を減点査定する旨の審査結果は、審査連絡書に何らのコメントも記載されることなく、増減点連絡書に減点査定の理由を「B」と記載しただけで、第一審原告に通知された(<書証番号略>)。
(二) 再審査について
(1) 第一審原告が、再審査理由書(<書証番号略>)をもって示した再審査申出の理由のうち、人工腎臓に関するものは、「急性リンパ性白血病の再発に対する治療の経過途中、敗血症性ショックを発症し、肝不全、腎不全、イレウス、意識障害などをきたした。(中略)血液透析についても、BUN(尿素窒素)、CrN(クレアチニン)などのデータや尿量から見れば、必要な回数であり、やはり救命を考えるなら妥当適切であったと考える。尚、その後意識状態も回復、しかも急性リンパ性白血病の再発であったが、骨髄も完全寛解となり、再寛解導入に成功している。透析からも離脱でき、生活の質の向上も順調である。(後略)」との記載部分である。
(2) 人工腎臓に関しても、阿岸が、特別審査委員会における再審査の第一次審査を担当しているところ、再審査の理由中に、血漿交換療法におけると同様、甲野の病状について、本件診療報酬請求書類に記載されている以上に新たなデータ、情報の記載がなかったことから、阿岸は、原審査のとおりの結論でよいとの判断をした。そして、阿岸は、第二次審査(合議)の場において、原審査の際以上に新たな情報がなく、原審査の結果で妥当と判断した旨説明し、この説明を受けて、出席している第二次審査の審査委員は、異議なく全員一致で、原審査の結果どおりでよいとの決定をした(証人坂上、同阿岸)。
2 本件審査の相当性
証拠(<書証番号略>証人荒川)によると、第一審原告が提出した診療報酬明細書及び同明細書添付の症状経過の記載からは、甲野に対して人工腎臓の施行が必要であったことは判断できるものの、尿量の変化やクレアチニン値等に関するより詳細なデータがないため、何回の施行が適切であったかは審査することが困難であったことが認められる。
そして、証拠(<書証番号略>、証人荒川)及び弁論の全趣旨によると、甲野のカルテには尿量、クレアチニン値等の詳細なデータが記述されており、第一審原告が、第一審被告基金から具体的な資料の補完を求められれば、そのデータを提出することができたし、また、その求めにも応じていたものと認められ、さらにまた、カルテに記載された尿量の変化、クレアチニン値の上昇スピード等のデータからすると、甲野に対し、平成元年七月一一日に人工腎臓の施行を開始したこと、また、右同日から同月三一日までの間に一三回の人工腎臓を施行したことは、第一審原告の担当医として相当な判断であったと認めることができる。
他方、前記のとおり、特別審査委員会では、人工腎臓の処置及び処置薬剤について、その一三回の施行のうち五回を減点査定する旨の原審査の結果につき、審査連絡書には何らのコメントも記載せず、増減点連絡書に減点査定の理由を「B」と記載して、これを第一審原告に通知しているものである。
3 以上説示したところを、本件決定の適法性を判断する前記基準に照らしてみると、第一審原告の提出した本件診療報酬請求書類の記載によれば、第一審原告の担当医が甲野に対してした診療内容は、急性腎不全に対する療法としての人工腎臓の施行であって、その施行の必要があったことは認められるものの、右記載のみでは、その施行回数が適切なものであったかどうかの審査は困難であったものといえるから、第一審被告基金としては、第一審原告に対し、少なくとも、審査連絡書、増減点連絡書によって、診療報酬が何故減点査定され、どのような資料が不足しているため減点査定されたのかを、減点査定された第一審原告にわかる程度の指摘をすべき義務があったというべきである。ところが、本件では、増減点連絡書に減点査定の理由を「B」と記載しているだけで、審査連絡書には何らのコメントも付していないものであり、第一審被告基金は、その履践すべき義務を怠って減点査定したというほかない。そして、右のとおり、第一審被告基金は、第一審原告から審査資料補完の機会を奪うという手続違背をしているところ、他方、カルテの記載からすると、一三回の人工腎臓の施行は相当なものであったと認められるから、第一審原告に対して、審査資料の補完の機会が与えられていれば、資料の補完がなされて、再審査において、一三回の人工腎臓の施行が相当との審査結果に至った可能性も十分あるということができる。結局のところ、第一審被告基金の審査は、右のとおりの手続違背があり、その結果、不適正な審査内容を招来したと評価せざるをえないものである。
以上によれば、第一審被告基金が、一三回の人工腎臓の施行のうち、五回について減点査定したことは違法というべく、右違法な減点査定を受けてなされた本件決定のうち、人工腎臓の処置及び処置薬剤について五回を減点した部分は、違法というべきである。
四 投薬等について
1 投薬等の審査の経緯は、原判決一五四頁五行目から同一五五頁一〇行目末尾までに記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決一五五頁四、五行目の「本件明細書及び再審査申出の理由書」を「診療報酬明細書及び同明細書添付の症状経過並びに再審査理由書」と改める。)。
2 本件審査の相当性
(一) マーロックスの投与について
(1) 第一審原告が、甲野に対してマーロックスを一日当たり五〇ミリリットル以上投与して診療報酬の請求をしたところ、第一審被告基金が一日当たり五〇ミリリットルを超える部分を減点査定したことは、当事者間に争いがない。
(2) 療養担当規則には、前記のとおり、投薬は必要があると認められる場合に行うとの定めがあり、マーロックスの添付文書(<書証番号略>)には、上部消化管機能異常等における制酸作用と症状の改善の効能・効果があること、用法・用量として、一日一六ないし四八ミリリットルを数回に分割経口投与すること(なお、年齢・症状により適宜増減する)、使用上の注意として腎障害のある患者、心機能障害のある患者等には慎重に投与すること等の記載がある。
(3) 第一審原告が提出した診療報酬明細書(<書証番号略>)には、「傷病名」として、腎不全、心不全、不整脈との記載があり、同明細書添付の症状経過の記載からすると、前記のとおり、甲野は、敗血症性ショックを起こし、腎臓、肝臓、心臓に障害を来し、多臓器不全に陥ったものと判断されるもので、その腎臓、心臓の障害は軽度なものではないことがうかがわれるものである。
なおまた、後記のとおり、第一審原告は、マーロックスと同様に止血を目的として、トロンビンも投与しており、そのトロンビンも、添付文書記載の用量を超えて投与されている。
ところが、マーロックスの投与に関して、右症状経過(<書証番号略>)には、「麻痺性イレウスに対し、胃チューブ挿入、消化管出血も認め」との記載があるだけで、本件診療報酬請求書類中、腎障害、心機能障害のある患者に用量を超えて投与する必要性のあることをうかがわせるデータの記載はない。
(4) そこで、特別審査委員会では、原審査において、右添付文書の記載に依拠して、マーロックスの投与につき一日当たり五〇ミリリットルを超える部分を減点査定し(弁論の全趣旨)、右審査結果について、審査連絡書に「用法・用量にご留意願います。」とのコメントを記載し、また、増減点連絡書に、その減点査定が「B」(過剰と認められるもの)を理由とするものであることを記載して、第一審原告に通知した(<書証番号略>)。
(5) 第一審原告は、再審査理由書において、マーロックス投与に関して、「タガメット併用し徐々に出血量も減り、状態の改善につながったが、このような状態の例に対してこの量は妥当であったと考える。もし出血が長びけば全身状態、意識状態にももっと悪影響を及ぼしていたであろうし、もっと多量の濃厚血も要したであろうと予想される。」と記載しているにすぎない。
(6) 以上に認定した事実を総合勘案すると、第一審被告基金が、マーロックスの添付文書に示された用法・用量及び使用上の注意書に依拠し、原審査において、一日当たり五〇ミリリットルを超えるマーロックスの投与につき減点査定したことは、療養担当規則の運用として合理的なものであったということができる。そして、審査連絡書に「用法・用量にご留意願います。」とのコメントを記載し、また、増減点連絡書に、その減点査定が「B」を理由とするものであることを記載して、右減点査定を第一審原告に通知すれば、第一審原告としては、添付文書の示す用法・用量を超えた投与の必要性、及び添付文書の指摘する注意書に照らし、腎臓、心臓に障害がある者に対するその投与が不適切なものではなかったことを基礎づける資料が不足しているため、減点査定されたことがわかるものであり、再審査の申出によって、右の資料を補完する機会が得られたのであるから、右の機会に審査資料の補完をなすべきであった。ところが、本件において、第一審原告は、再審査を申し出たものの、用量を超える投与の必要性等について、これを基礎づける客観的資料を補完していない(当審における証人宮岡和子(以下「当審証人宮岡」という。)は、腎機能、心機能に注意しながらマーロックスを投与したとし、腎機能についてはクレアチニン、BUN、尿量、カリウム等のデータをチェックしていた旨証言しているが、再審査申出の際、第一審原告は、右チェックしていたデータについて何ら明らかにしていない。)から、第一審被告基金が、再審査において、特別審査委員会が原審査の結果を維持する判断をしたのは相当であって、違法はない。
したがって、マーロックス投与につき、第一審被告基金の右審査結果を受けてした本件決定にも、違法はないといえる。
(二) トロンビンの投与について
(1) 第一審原告が、甲野に対してトロンビンを一日当たり六瓶(一瓶に一万単位を含有する)以上投与して診療報酬の請求をしたところ、第一審被告基金が一日当たり六瓶を超える部分を減点査定したことは当事者間に争いがない。
(2) トロンビンの添付文書(<書証番号略>)には、用法及び用量として、出血局所に生理食塩液に溶かした溶液(トロンビンとして五〇ないし一〇〇〇単位/ミリリットル)を噴霧若しくは灌注又は粉末のままで散布、上部消化管出血の場合は適当な緩衝剤に溶かした溶液(トロンビンとして二〇〇ないし四〇〇単位/ミリリットル)を経口投与する(なお、出血の部位及び程度により増減する)、使用上の注意として、重篤な肝障害、DIC等網内系活性の低下が考えられる病態の患者には慎重投与するとの記載がされている。
(3) 第一審原告が提出した診療報酬明細書添付の症状経過(<書証番号略>)の記載から判断すると、前記のとおり、甲野は重篤な肝不全の状態にあり、DICも起こしていたことが認められ、かつまた、第一審原告は、止血を目的としてマーロックス(添付文書記載の用量を超えて投与)も投与しているものである。
ところが、トロンビンの投与に関して、右症状経過(<書証番号略>)には、「麻痺性イレウスに対し、胃チューブを挿入、消化管出血も認め」との記載(前記(一)(3))があるだけで、本件診療報酬請求書類中、重篤な肝障害、DICを来している患者に用量を超えて投与する必要性について、何ら記載がされていない。
(4) 特別審査委員会では、右添付文書の記載に依拠して、トロンビンの投与につき一日当たり六瓶(一瓶に一万単位を含有する)を超える部分(前記添付文書記載の用量五〇ミリリットルを超える部分)を減点査定し(弁論の全趣旨)、右審査結果について、審査連絡書に「用法・用量にご留意願います。」とのコメントを記載し、また、増減点連絡書に減点査定の理由を「B」と記載して、第一審原告に通知している(<書証番号略>)。
(5) 第一審原告は、再審査理由書において、トロンビン投与に関して、前記のとおりの「徐々に出血量も減り、状態の改善につながったが、このような状態の例に対してこの量は妥当であったと考える。もし出血が長びけば全身状態、意識状態にももっと悪影響を及ぼしていたであろうし、もっと多量の濃厚血も要したであろうと予想される。」との記載をしているにすぎない。
(6) 以上に認定した事実を総合勘案すると、第一審被告基金が、トロンビンの添付文書に示された用法・用量及び使用上の注意書に依拠し、原審査において、トロンビンの投与につき一日当たり六瓶を超える部分の減点査定をしたことは、マーロックスにおけると同様、療養担当規則の運用として合理的なものであったということができる。そして、審査連絡書に「用法・用量にご留意願います。」とのコメントを記載し、増減点連絡書に減点査定の理由を「B」と記載して、右減点査定の内容を第一審原告に通知すれば、第一審原告としては、添付文書の示す用法・用量を超えた投与の必要性、及び添付文書の指摘する注意書に照らし、重篤な肝障害、DICを来した患者に対するその投与が不適切なものではなかったことを基礎づける資料が不足しているため、減点査定されたことがわかるものであり、マーロックス投与に関して説示したところと同様、第一審原告は、再審査の申出の機会を通して、審査資料の補完をなすことができたし、また補完すべきであった。ところが、本件において、第一審原告は、再審査の申出に際して、用量を超える投与の必要性等について、これを基礎づける客観的資料を補完していない(当審証人宮岡は、甲野は、DICの状態ではあったが、トロンビンを増量した時点においてDICのデータは落ち着いてきていたと証言するが、第一審原告は、再審査申出の際、そうしたデータを明らかにしていない。)から、再審査において、第一審被告基金が、原審査の結果を維持する判断をしたのは相当であり、違法はない。
したがって、トロンビン投与につき、第一審被告基金の右審査結果を受けてした本件決定にも、違法はないといえる。
(三) モニラックの投与について
(1) 第一審原告が、甲野に対してモニラックを一六日間に及んで一日当たり六〇ミリリットル投与して診療報酬の請求をしたところ、第一審被告基金が、モニラックの投与につき、一日当たり五〇ミリリットルを超える部分を減点査定したことは当事者間に争いがない。
(2) モニラックの添付文書(<書証番号略>)には、用法・用量として、通常、高アンモニア血症の場合、成人一日量三〇ないし六〇ミリリットルを三回に分けて経口投与する(年齢、症状により適宜増減する)と記載されているが、第一審原告が提出した診療報酬明細書(<書証番号略>)によると、アンモニア値の検査が多数回行われていることは認められるものの、その検査結果については、提出書類のいずれにも記載がない。
(3) 特別審査委員会では、添付文書に示された用法・用量に依拠し、原審査において、モニラックの投与につき一日当たり五〇ミリリットルを超える部分を減点査定し(弁論の全趣旨)、右審査結果について、審査連絡書に「用法・用量にご留意願います。」とのコメントを記載し、増減点連絡書に減点査定の理由を「B」と記載して、第一審原告に通知している(<書証番号略>)。
(4) 第一審原告は、モニラック投与に関して、再審査理由書に、「モニラックは肝不全状態下、必要な量であったと考える。」と記載しているにすぎないところ、特別審査委員会は、再審査において、第一審原告に資料の提出を求めることなく、原審査の結果を維持する旨の判断をしている。
(5) 以上に認定した事実によれば、第一審被告基金が、モニラックの添付文書に示された用法・用量に依拠し、原審査において、一日当たり五〇ミリリットルを超える投与につき減点査定したことは、療養担当規則の運用として合理的なものであったと認められる。
すなわち、右添付文書によると、一日の最高投与量は六〇ミリリットルとされているところ、右多数回に及ぶアンモニア値の検査は、甲野が多臓器不全の状態に陥っていることからすると、その検査の必要があり、当時、アンモニア値に注意すべき状況にあったことをうかがわせるが、他方、本件診療報酬請求書類にはアンモニア値の検査結果の記載がない。そうである以上、一六日にわたる最高投与量(一日当たり六〇ミリリットル)の投与まで認めず、一日当たり五〇ミリリットルを超える投与について、これを減点査定したことは、特別審査委員会の裁量の範囲のものであり、療養担当規則の運用として合理的なものであったと認められる。そして、第一審被告基金が、審査連絡書に「用法・用量にご留意願います。」とのコメントを記載し、増減点連絡書に減点査定の理由が「B」であることを記載して、右減点査定を第一審原告に通知しているから、第一審原告としては、一日当たり五〇ミリリットルを超える投与の必要があったのであれば、これを基礎づけるアンモニア値のデータ等を、再審査の申出に際して提出して、減点査定を変更させることもできるものであり、右の機会に審査資料の補完をし、原審査の審査結果を改めさせれば足るものである。この点からしても、右の減点査定は、不合理な運用ということはできない。
当審証人宮岡は、甲野には、アンモニア値の推移等からみて、モニラックにつき、一日当たり六〇ミリリットルの最高投与量を継続して投与する必要があった旨証言するが、第一審原告は、前記のとおり、当初の診療報酬請求の際ばかりでなく、再審査申出の際にも、何らのデータも明らかにしていない。なおまた、当審証人宮岡の右証言からして、第一審原告としては、アンモニア値のデータ等がモニラックの投与量の適切さを基礎づけるうえで意義あるものであることを、十分認識していたことがうかがわれる。
そうすると、第一審被告基金が、再審査において、第一審原告に資料の提出を求めることはなく原審査の結果を維持する判断をしたのは相当というべきであり、何ら違法はない。
よって、モニラック投与につき、第一審被告基金の右審査結果を受けてした本件決定にも、違法はないといえる。
(四) D―ソルビトールの投与について
(1) 第一審被告基金が、D―ソルビトールの投与を全て適応外であるとして、減点査定したことは当事者間に争いがない。
(2) D―ソルビトールの添付文書(<書証番号略>)には、効能、効果として、消化管のX線造影の迅速化、経口的栄養補給、消化管のX線造影時の便秘の防止と記載されているところ、本件診療報酬請求書類(<書証番号略>)の記載をみても、D―ソルビトールがX線造影に際して、あるいは経口的栄養補給のため投与されたことをうかがわせる記載はない。
(3) 特別審査委員会では、原審査において、右添付文書に記載されたD―ソルビトールの効能、効果に照らし、甲野に対するD―ソルビトールの投与は適応がないと判断し、その投与の全てを減点査定した(弁論の全趣旨)。そして、審査連絡書に「適応にご留意願います。」とのコメントを記載し、また、増減点連絡書に減点査定の理由を「A」と記載して(「A」は「適応と認められないもの」を意味する。)、第一審原告に通知している(<書証番号略>)。
(4) しかしながら、高カリウム血症の改善剤であるケイキサレートの添付文書(<書証番号略>)には、経口投与の場合、「便秘をおこすことがあるので、ソルビトール溶液を経口投与することが望ましい。」と記載されており、証拠(<書証番号略>当審証人宮岡)及び弁論の全趣旨によれば、高カリウム血症に対する治療として、ケイキサレートとソルビトールとを併用投与(経口投与)するのは、臨床上、一般的な処方であり、第一審原告は、甲野へのケイキサレート投与に際して、便秘を防止する目的でソルビトールを投与したこと、及び本件において診療報酬明細書(<書証番号略>)にケイキサレートとD―ソルビトールとが併記されて診療報酬の請求がされているが、ケイキサレート投与にかかる診療報酬請求については、特別審査委員会で減点査定されていないことが認められる。
(5) 以上の事実によると、第一審被告基金は、原審査において、D―ソルビトールの添付文書に記載された効能、効果に依拠してD―ソルビトール投与の適応がない旨の結論を出し、減点査定したのであるが、D―ソルビトールの効能、効果は右記載のものに限られず、ケイキサレートとの併用投与をもって便秘防止を図ることもD―ソルビトールの効能、効果のひとつであることが認められるから、第一審被告基金がD―ソルビトールの右添付文書の記載のみに依拠して判断したことは相当ではなく、本件における甲野へのケイキサレートとD―ソルビトールの併用投与は、ケイキサレートの投与が相当と査定されている以上、相当なものであったと認めることができる。
(6) しかし、一方において、第一審原告は、再審査理由書にD―ソルビトールの投与に関して何らの記載もしていない。
ところで、第一審被告基金は、原審査における審査結果について、前記のとおり、審査連絡書に「適応にご留意願います。」とコメントを記載し、増減点連絡書に減点査定の理由を「A」と記載して、第一審原告に通知しているところ、前記(4)の認定事実からすると、右原審査の結果の誤りは、第一審原告において、再審査の際、ケイキサレートの右添付文書等を基に説明していさえすれば、容易に適切な審査内容に改めさせることができたものと認められる。
減点査定の理由も明確であって、このように、指定医療機関が再審査の機会を通して容易に修正できるような事項については、指定医療機関は、自らに与えられた再審査の機会に、審査結果の内容が適正なものに修正されるよう説明をすべきであって、第一審被告基金の審査が書面審査を原則とする以上、右のような事柄について、指定医療機関が再審査の機会に不服を申し述べなかった場合には、指定医療機関に不利益が課せられることになってもやむをえないというべきである。また、そう解したからといって、指定医療機関に過大の負担を課すことになるものでもない。
(7) したがって、本件においては、第一審原告が、再審査の申出に際して、D―ソルビトール投与につき減点査定されたことの不服を申し出ていないから、その減点査定は結果として違法と評価されることはないというべきである。よって、本件決定もまた、D―ソルビトール投与の減点部分について、違法となるものではない。
(五) フロリードFの投与について
(1) 第一審被告基金が、フロリードFの投与を全て適応外であるとして、減点査定したことは当事者間に争いがない。
(2) フロリードFの添付文書(<書証番号略>)には、効能・効果として、クリプトコックス、カンジタ、アスペルギルス、コクシジオイデスのうち本剤感性菌による、真菌血症、肺真菌症、消化管真菌症、尿路真菌症、真菌髄膜と記載されているところ、本件診療報酬請求書類(<書証番号略>)中、右のいずれの真菌症名の記載もない。
(3) 特別審査委員会では、原審査において、右添付文書に記載されたフロリードFの効能、効果に照らし、甲野に対するフロリードFの投与は適応がないと判断して、その投与の全てを減点査定し(弁論の全趣旨)、審査連絡書に「適応にご留意願います。」とのコメントを記載し、また、増減点連絡書に減点査定の理由を「A」と記載して、第一審原告に通知している(<書証番号略>)。
(4) 第一審原告は、再審査理由書に、フロリードFの投与に関して、「特に白血病の場合、抗生剤に反応しない発熱には早めに抗真菌剤を使用する。この例においても三八度ないし三九度以上の発熱が続いたため、真菌症疑いにてフロリード使用、適応についても量についても問題はないと考える。」と記載している。
(5) 以上の事実を総合すると、第一真被告基金が、フロリードFの添付文書(<書証番号略>)に記載された効能、効果に依拠し、本件診療報酬請求書類中に具体的な真菌症名の記載がないことから、原審査において、フロリードFの投与が、甲野に対する投与として適応がないとの審査結果を出し、減点査定したこと自体は、療養担当規則の運用として不合理なものではないと認めることができる。第一審被告基金による審査が書面審査を原則としたものである以上、原審査の段階では、ある程度画一的処理をすることもやむをえないものである。しかし、第一審原告は、右審査結果の通知を受けて、再審査の申出をし、その際、右のとおり、「特に白血病の場合、抗生剤に反応しない発熱には早めに抗真菌剤を使用する。この例においても三八度ないし三九度以上の発熱が続いたため、真菌症疑いにてフロリード使用、適応についても量についても問題はないと考える。」と、前記添付文書(<書証番号略>)記載のフロリードFの効能、効果に照らしてみても、フロリードFが本件の症例に適応性のあることをうかがわせる記載をして、その審査結果が不当であることを具体的に指摘した。そして、証拠(<書証番号略>当審証人宮岡)によれば、真菌症は血液疾患において頻度が高く、発症すれば治療に長時間を要することから、その発症を未然に防ぐ処置が望ましいとされ、また、真菌症の確定診断率が低いということもあって、臨床的に深部真菌感染症、特に敗血症が疑われるような場合、抗生剤を投与しても三ないし五日以内に解熱傾向が得られない場合等、抗真菌剤を投与するというのが一般的な処置であると認められる。
本件は、前記認定のとおり、本件診療報酬請求書類の記載から、甲野は白血病に罹患しており、敗血症に罹患し、多臓器不全に陥っていると判断される案件であり、したがって、第一審原告が再審査に際してした右指摘をもってすれば、再審査において、原審査の結果が見直され、甲野に対するフロリードFの投与が適応であったとされてしかるべき案件であったと認められる。少なくとも、第一審被告基金が、第一審原告に対して、本件の症例がフロリードFの投与に適応するものであることを示す資料をさらに提出するように求めていれば、その見直しがされる可能性が十分あったものと認められ、かつまた、第一審原告が再審査申出に際してした右指摘からすれば、第一審被告基金において、再審査の場で、第一審原告にさらに資料を補完するように求め、その審査内容を適正なものに修正してしかるべき案件であったと認められる。
したがって、第一審被告基金が、再審査において、フロリードFの投与につき適応なしとした原審査の結果を維持したことは、不当であって、その審査結果は違法というべきであり、第一審被告基金の右審査結果を受けてした本件決定も、違法と評価せざるをえないものである。
(六) 第一ブドウ糖の投与について
(1) 第一審被告基金が、人工腎臓施行の際の第一ブドウ糖投与について、これを全て適応外であるとして減点査定したことは当事者間に争いがない。
(2) 第一ブドウ糖の添付文書(<書証番号略>)には、効能・効果として、経口用剤として使用する場合は、経口的栄養補給、ブドウ糖負荷試験、注射用剤として使用する場合は、脱水症特に水欠乏時の水補給、循環虚脱、低血糖時の糖質補給等と記載されているところ、本件においては、診療報酬明細書(<書証番号略>)の記載によると、人工腎臓施行の際に、第一ブドウ糖が投与されていることが認められる。
(3) 特別審査委員会では、原審査において、右添付文書に記載された第一ブドウ糖の効能、効果からすると、人工腎臓施行に際して第一ブドウ糖を投与することは、その適応がないと判断し、人工腎臓施行の際の第一ブドウ糖投与につき減点査定した(弁論の全趣旨)。そして、増減点連絡書に減点査定の理由を「A」と記載して、第一審原告に原審査の結果を通知している(<書証番号略>)。
第一審原告は、再審査の申出をしているが、第一ブドウ糖投与に関する右減点査定の問題については、再審査の理由として掲げておらず(<書証番号略>)、特別審査委員会は、前記のとおり、再審査において、原審査の結果どおりでよいと結論づけている。
(4) ところで、証拠(<書証番号略>当審証人宮岡)によると、第一審原告は、透析液にブドウ糖が添加されていないため、人工腎臓施行中に、甲野に低血糖が出現することを防止すべく、その人工腎臓施行に際して第一ブドウ糖を投与したもので、当時、人工腎臓施行の際にブドウ糖を補給することは、臨床上一般に行われていたこと、なおまた、右のブドウ糖補給は、第一ブドウ糖の添付文書(<書証番号略>)に記載されている「低血糖時の糖質補給」に当たることが認められる。
(5) 以上の事実によると、第一審被告基金は、人工腎臓施行の際の第一ブドウ糖投与について、添付文書における効能、効果についての記載を正解せず、これが適応外のものとして減点査定したものということができ、その審査結果は相当なものではない。
もっとも、第一審被告らは、平成元年七月当時(本件の人工腎臓施行当時)、既にブドウ糖の添加された透析液が使用薬剤の購入価格(薬価基準)に収載されていたとして、第一審被告基金が、人工腎臓施行の際の第一ブドウ糖投与について適応外と判断したことに問題はない旨主張しているが、証拠(<書証番号略>当審証人宮岡)によると、当時、ブドウ糖の添加された透析液の市販が始まっていたものの、一般に広く出回っているというほどのものではなかったことが認められ、ブドウ糖の添加された透析液が薬価基準に収載されているからといって、そのことが、第一審被告基金の、添付文書の効能、効果の記載を正解せずにした審査内容を正当化するものではない(なお、右のとおりブドウ糖の添加された透析液が一般に広く出回っていたものではないという当時の状況にかんがみると、ブドウ糖の添加された透析液が使用薬剤の購入価格(薬価基準)に収載されているということは、同薬剤の使用も許容し、診療報酬の請求を認めることを意味していたにすぎないとも解せられる。)。
しかしながら、第一審原告は、第一審被告基金から、人工腎臓施行に際しての第一ブドウ糖投与の減点査定につき、その減点査定の理由が「A」である旨通知を受けているところ、右の第一ブドウ糖投与が相当なものであることを再審査の理由として掲げていない。また、前記(3)(4)の認定事実からすると、第一ブドウ糖については減点査定の理由も明確であり、第一審原告としては、再審査の機会に、右の第一ブドウ糖投与の必要性を容易に説明できたのに、その説明をしなかったことが認められる。
そうすると、第一ブドウ糖についても、D―ソルビトールの場合と同様、第一審原告が再審査の機会にその不服を申し出ていない以上、原審査における右減点査定は結果として違怯とはならないものといわざるをえない。よって、本件決定のうち、人工腎臓施行に際しての第一ブドウ糖投与を減点した部分は違法となるものではないといえる。
第五 結び
以上の次第で、第一審原告の甲事件にかかる請求は、本件決定のうち、本判決添付別紙「減点」欄記載の減点部分(第一審原告が「本件訴訟で請求している分」のうちから、マーロックス、トロンビン、モニラック、D―ソルビトール、第一ブドウ糖の各投与について原判決添付別紙2表「減点点数」欄記載のとおり減点した部分を除くその余の減点部分)の取り消しを求める限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し、第一審原告のその余の甲事件にかかる請求及び乙事件にかかる請求は、いずれも理由がないから、これを棄却すべきであり、したがって、原判決のうち、これと異なる甲事件の請求にかかる部分を、第一審原告の控訴に基づき右のとおり変更し、第一審被告市長の控訴は理由がないから、同控訴を棄却することとし、原判決のうち、乙事件の請求にかかる部分の原判決の判断は相当であり、第一審原告の右控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、それぞれ民事訴訟法九六条、八九条、九二条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官岨野悌介 裁判官杉本正樹 裁判官野中百合子)